「Never End The Game!」  第2章


 舞台は雨の夜。両脇には明かりの消えた民家が並んでいる。そこを傘を差して歩いている泰紀。物語の全てはそこから始まる。
「……」
 夜道を歩く泰紀を、じっとカメラマン伊藤が追っている。伊藤は雨に濡れようと雷に打たれようと、決してカメラを放さない。姿以外は本当に素晴らしいカメラマンだ。
 泰紀はウォークマンを聞きながら、帰路につこうとしている。今、彼の右腕はちゃんとある。取り外しが出来るのだ。
 カメラの上に座っている私。カメラの周りには彩を初めとしたメインキャラクター達が立っている。勿論、彼らは今カメラには映っていない。皆、生まれて初めて体験本物のゲームを見て、固まっているようだ。
 このカメラの映像が今現在、ユーザー様の見ているテレビ画面に映っている。この後すぐ、蛇行を繰り返す車がやってくるはずだ。
 キッキッキッ!
 予定通り、車がやってくる。泰紀は驚いて傘を落とす。そして、その車は一直線に泰紀に向かって突っ走り、そして……。
 ドカン!
 鈍い音がして、泰紀が水溜まりに顔を突っ伏した。そして、車は近くの電信柱にぶつかって止まった。そして、灰色の煙をフロントから吹き出す。よし、順調な滑り出しだ。
「……痛そう」
 思わず、法子が声に出す。美優が慌てて法子の口を塞ぐ。今、喋った声は全てカメラに取り付けられたマイクに入ってしまう。それはそのまま、ユーザー様のテレビのスピーカーから出てしまうのだ。私は一瞬、言葉を失ってしまう。
「……大丈夫っす。ローディングっすから」
 伊藤が言った。私はホッと息を撫で下ろした。しかし、今はそんなに落ち着いていられない。
「法子の声は入ってない。泰紀! 立って急いで病室まで走れ! 車の消火は別スタッフに任せる!」
 それを聞いて、泰紀がバッと立ち上がる。
「まったく、まだ体が痛いっつうのに!」
「ユーザー様がゲームをやめたら楽になれる。だから、今は急げ。あと彩と法子。お前達も出るぞ。しっかり準備しておけよ!」
「はい! 泰紀、法子さん、急ぎましょ!」
「はいはい」
「あっ、はいぃぃ!」
 泰紀と彩と法子が駆け足で、病院へと向かう。その後を私と伊藤も向かう。
 事故の後のシーンは病室だ。この間、テレビ画面では「ナウ ローディング」の文字が流れている。この間に、我々は次のシーンの準備をするのだ。
 我々は次のシーンの病室へと走った。


「……何だ、これ」
 無くなった右腕を見て、泰紀は思わず声をあげる。彼は今、病室のベッドの上にいる。我々にとってはすぐでも、ユーザー様が見ているテレビ画面の下には「一週間後」というテロップが出ている。
「何なんだよ! これは」
 叫ぶ泰紀。無くなった右腕が信じられないのだ。いい演技だ。
 泰紀はそれからしばらく叫んではため息をついてを繰り返す。その様子をカメラとその他のメンバーが固唾を飲んで見守っている。
 泰紀はこの物語の主人公だ。彼が一番出番が多く、そして様々な顔を見せなければいけない。
 その時、病室の扉が叩かれる。泰紀はゆっくりとそちらを見つめ、どうぞ、と答える。扉が開き、白衣を来た法子が出てくる。さっまでのおどおどとした態度はどこへやら、彼女はにっこりと笑って出てきた。
 ここからは法子の出番だ。なかなか台詞を覚えてくれなかった彼女。この際、前後の辻褄が合えば、多少の台詞間違いはいい。ユーザー様には声優さんの声にしか聞こえない。フルアニメーションが売りの作品なのだ。下に文章が出るという事も無い。だから、辻褄さえ合えばいいのだ。
「おっ! やっと目が覚めたか」
 法子はわざとらしく言う。それでいい。彼女は劇中ではそういう役なのだ。
「……どちら様ですか?」
 泰紀が小首を傾げると、法子はにっこりと笑い、白い帽子を指差す。
「この格好見ても分からないのかしら? 私は香山法子。あなたのお世話をする看護士よ」
「看護士……ああっ、看護婦の事か」
「そっ、今じゃ男も女も看護士って言うのよ。あなた、一週間も眠ったままだったのよ。命に関わる事だったから、あなたのご両親の了解だけで、右腕は切除させてもらったわ」
「……事故、が原因ですか?」
 別段驚いた様子も無く、泰紀は言う。法子は苦笑いをもらす。
「そう……。右腕が腐っててね。切除しないと、他の部分も腐ってしまうところだったの」
「……」
「あなた、ピアニストを目指していたんですってね。……本当に不運だったわね」
「……」
 法子はベッドの横に置いてある小さな椅子に腰掛け、眉をひそめて言う。泰紀は何も言わない。
 正直驚いた。これほど見事に出来るとは思っていなかった。隣にいる美優や丈一もポカンと二人を見ている。
 俯く泰紀の肩を、ポンポンと法子が叩く。
「でも、命が助かっただけよかったと思うべきよ。生きていれば、いい事だってあるわ」
「……そうですかね」
 誰に言うでもなく呟く泰紀。法子はフゥと小さくため息をつき、頭をポリポリと掻いた。
「まあ、絶望したくなる理由も分かるわ。しばらくゆっくり考えなさい。それから、今、あなたがここで生きている事の喜びを感じなさい」
「……」
「とりあえず、私はもう行くわ。また来るからね。私、あなたの担当だから」
「はい……」
 それでも泰紀の顔は優れない。気まずそうな顔をして、法子は出ていった。
 ……完璧だ。台詞もトチってないし、表情も申し分無い。私は今すぐに法子を誉めてやりたい気持ちをグッと堪えた。
 そう。まだゲームは続いているからだ。
 いよいよここから彩の出番だ。彩はこのゲームのメインヒロイン。何でもゲームのパッケージにも映っているらしい。そんな彼女に、失敗は許されない。
 法子が出ていった後、すぐに扉をノックする音がした。泰紀はゆっくりと顔を上げ、またどうぞと答える。
「……すいません」
 彩がさっきまでとは打って変わって大人しそうに入ってくる。それを何も知らないフリをした泰紀を見つめる。
 しばらくの沈黙。そして、彩が口を開ける。
「本当にすいません」
「……何の事だよ? あんた、誰だよ?」
「私……霧島彩と言います。その……あの……事故を起こした時に車に乗っていたのは私の両親なんです」
 その瞬間、泰紀の顔が強ばる。いいぞ、二人共最高にいい演技だ。
「……事故。ああっ、そうか。俺、事故に遭って……」
 無くなった右腕を見ながら、泰紀はぼやくように言う。その様子を見て、彩は思い切り頭を下げる。
「本当にごめんなさい! あなたの……人生を台無しにして……」
 台本通りの台詞だが、二人の感情の入れ方は凄い。見ているこっちが呆気にとられてしまうほどだ。私はしばらく監督である事を忘れて、二人の演技を見ていた。
 泰紀はしばらくぼやいていたが、やがて情況が理解できたのか、鋭い眼光を彩に向けた。その目を見て、また彩は頭を下げる。
「本当にすいません」
 目の前で必死に頭を下げて謝っている彩。しかし、泰紀の目は変わらない。
「あやまらなくていい。だから、俺の腕を返せ」
「……本当にすいませんでした!」
 彩はまだ謝っている。泰紀は残った左腕で、そんな彼女を押し退ける。
「きゃっ!」
「謝ったって何にもならないんだよ! さっさと出ていけよ!」
 彩は尻餅をついて倒れ、それからゆっくりと立ち上がり、俺に深い深いお辞儀をして、部屋から出ていった。勿論、そこに法子はいない。
 一人残された泰紀は、歯軋りをして、窓の外を見た。
「……マスター。ユーザー様、セーブをして、いったんゲームをやめたようっす」
 伊藤が、ポツリとそう言って、カメラを肩から下ろした。その瞬間、みんなの口から重い重いため息が漏れた。


「うわーっ、疲れた!」
 泰紀はベッドに倒れて、そう叫んだ。彩もそんな泰紀の上に寝転がる。
「緊張で死ぬかと思ったわ……。マスター、出来、どうでした?」
 彩が満面の笑みで聞く。私はピョンピョンと跳びはね、彩の頭の上に乗る。
「凄いぞ! お前達、どのリハーサルの時も良かったぞ!」
「そりゃ、本番だし。本気だしゃ、こんなもんよ。ねっ、泰紀」
「まあな。でも、車に跳ねられるのは一度にしてほしいな」
 二人共、満足そうな顔をしている。勿論、私もだ。
 病室の扉が開き、フラフラの法子がやってくる。そんな法子の手を美優が掴む。
「やれば出来るんじゃないですか、法子さん」
「は……はは。胸がドッキンドッキン言ってますぅ……」
「心臓なんて無いんですけど」
「ははっ……そうでしたっけ?」
 美優の言葉もロクに聞かず、ベッドに倒れこむ法子。私はそんな法子の頭に飛び乗る。
「びっくりしたぞ、法子。あんなに芸達者だったとはなぁ!」
「ユーザー様に、格好悪い所は見せられないですから。……はは」
 法子は疲労こんぱいという感じだ。しかし、今は存分に疲れてていいのだ。
「さてと。マスター、次は私の番ですね」
 ぐったりしている法子の頭を撫でながら、真澄が言う。それを聞いて、美優と丈一の顔も真剣なものになる。そう。次のシーンはこの三人の初登場シーンだ。私は三人を見上げる。
「ああっ、次の開始はいつなのかは分からないが、おそらく近いうちにまたユーザー様はゲームをやるだろう。そうしたら、頼むぞ」
「任せて下さい。でしょ? 美優」
 真澄に振られ、美優はその体に似合わないクールな笑顔を見せる。
「はい。マスター、何の心配もせずに見ていてください」
「でも、あれだろ? 真澄さんの時に初めての“選択肢”があるんだろ? 俺、不安だよ」
 丈一もその体に似合わない、モジモジとした態度で言う。私はそれを聞いて言葉を飲み込む。
 我々が最も気が使う所。それが選択肢だ。選択肢は二者択一タイプだ。それを決めるのは、ユーザー様だ。勿論、どちらを選んでも大丈夫なように準備はしている。しかし、そこが最も緊張する所である事に変わりは無い。
「大丈夫よ。丈一君。初めての選択肢は、どちらを選んでも大して変わりは無いんだから。
まっ、選択肢によっては、私は登場回数が減っちゃうけど」
 真澄は余裕たっぷりで言う。そう。選択肢によって、キャラクター達の出番は変わってくる。選択肢によっては、真澄の言うように出番が多くなるキャラと、逆に減るキャラが出てくる。
 最初の選択肢は真澄の出番が増えるか減るかが決まる選択肢なのだ。
「最初に私を狙う人なんてあんまりいないでしょうから、選択肢は大体分かってるわ」
「でも、もしもという事もある。用心はしておけよ」
「了解」
 真澄は私の頭を撫で、にっこりと笑った。


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